日本海のズワイガニ漁が解禁され、いよいよカニ料理の季節到来。ズワイガニといえば、地域によって呼び名が違い、山陰では「松葉ガニ」、福井では「越前ガニ」、石川では「加能ガニ」、そして京都・兵庫では港の名前を付けて呼ばれています。港ごとのブランド化をはかるために、呼び名が細分化されてきているそうです。ここまでは結構有名な話。

最近の神戸新聞に、あの大阪道頓堀のでっかい看板で有名な「かに道楽」のルーツが、兵庫県の城崎だったという記事が掲載されていました。「かに道楽」のカニはズワイガニだったんですね。「かに道楽」の成功とともに、当時は客足がイマイチだった城崎温泉も、カニ料理で息を吹き返したそうです。「今ではぜいたく品として当たり前になってるけど、かに道楽の前は港の地面に転がっていて、見向きもされなかった。」という話も、ズワイガニを研究している人の言葉として載っていました。ホントかよ、信じられないという気持ち。
城崎温泉と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、志賀直哉の「城の崎にて」という小説です。それ以外は思い当たらない。国語の勉強で、志賀直哉の代表作は「城の崎にて」と「暗夜行路」。要するに、ただ暗記していただけです。それにしても「城崎温泉」なのになぜ「城の崎」なんだろう。ちょっとした疑問で読んでみることにしました。「暗夜行路」は長編で読むのに時間がかかりますが、「城の崎にて」は短編小説、サラッと読めるだろう、ぐらいに思っていたら、これが大変。読む前は、情緒あふれる旅情小説をイメージしていたのですが、なんと、死と向き合うお話。
主人公が電車に跳ね飛ばされ怪我をして、養生のため但馬の城崎温泉へ出かけます。そこで一匹の蜂が玄関の屋根で死んでいるのを見つけます。そしてその死骸は、夜の雨でどこかへ行ってしまうのですが、そのあたりの心の動きを丹念に描写、いわゆる私小説っていうやつです。そのあと今度は、人だかりの中で川に投げ込まれた鼠を発見。子供や車夫が面白がって、もがいている鼠に石を投げている。主人公は鼠の最後を見る気がしなくて、その場を立ち去る。そして自分の事故を思い出しながら、心の動きを丹念に描写。次に出逢ったのがイモリ。驚かしてやろうと思って石を投げたら、間違ってイモリに当たってしまい、イモリは死んでしまう。殺そうと思ったわけではないのに、自分の責任で命を奪ってしまい、ちょっと嫌な気分になる。と同時に、イモリにとっては不意な死だったろうと、思いを馳せます。
ここまで読んで思い出したのは、以前の職場でのこと。ある晴れた日の午前中。ふと窓の外を覗くと、隣の小さいビルの屋上に何か見えます。近づいてみると、それはおそらくツバメの死骸。いや、死骸ではなくまだ生きていて、仰向けのまま小刻みに痙攣している。きっとカラスに襲われたんだろう。可哀想になる気持ちとともに、突然感じたのは、そのツバメが自分の身に起こったことの動揺、というか、不意に体の自由を奪われてしまったことへの驚き。その感覚がそのまま伝わってきて、穏やかに晴れ渡った空が、逆にその感覚を高めているような気がして、いっそのこと雨でも降っていてくれれば、ああ可哀想にと思って済んでいたかもしれない。
少し前までは、すぐに訪れる残酷な未来を想像することもなく、晴れやかな気持ちで空中を自由に飛んでいたのに、いきなりカラスに襲われ、何が起こったかわからないまま死を迎えようとしている。自分はいったいどうなってしまうのだろう、という思い。それはツバメの気持ちなのか、それとも、ツバメの死を眼の前にした人間の気持ちなのか。

そういう感覚はきっと誰にでもあるもので、例えば居酒屋でアジのたたきなどを注文すると、尾頭付きで出てきて、その眼をみると食べられないという人が、たまにいます。魚の眼が苦手で、ましてピクピクしていると尚更です。でもカニの場合は意外と平気。それはきっと、茹でてあるからなので、生から死に至る状況に直面すると、人間の心に何かを呼び起こすのかもしれません。志賀直哉が城崎温泉で、港の地面に転がっているカニを見て、どのように表現したかを知りたい気がしますが、もうそれは叶わないこと。
忘れてましたが「城崎温泉」がなぜ「城の崎にて」なのか。きっと何か理由があるのでしょう。生死の問題から比べれば、どうってことないですが。
By 料理パパ3号
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